朝、どうしても動けない日がある。
眠いわけでもない。気分が落ち込んでいるわけでもない。
なんとも言えない重さが、体の内側にじっと沈んでいる。
──でも、そんな朝こそ「何かひとつだけ」動かしてみると、
不思議と心に火が灯る。
今朝の私は、いつも通り、デュアリンゴを済ませ、
SNSでの「おはよう」その後いつも通り聖書を開いた。
特別な意気込みではない。ただ、
「今日も一日ありがとう」と感謝して、
神様に心を向ける時間を持った。
何かを求めるのではなく、
ただ静かに、神様の声を聴こうとするひととき。
それから、愛犬ハルにごはんをあげ、朝食。
軽くスクワットを10回、踏み台昇降を10回。
クッションの上で、無理のない範囲で体を動かす。
たったそれだけ。
それだけなのに、確かに何かが“再起動”された。
今日は土曜日。
本当なら、ダラダラ過ごしてもいい日だ。
実際、そんな日があっていいと思う。
けれど──
自分には、どうしても「やりきってしまう」クセがある。
無理をしてしまいがちな自分を、
最近は少し立ち止まらせることも覚えた。
止まることを怖れない。
むしろ、「一度、球を持ち直してから放つ」ほうが、
ずっと遠くまで飛んでいく気がする。
まとめ
祈りと生活は、どこかでつながっている。
小さな行動の積み重ねが、
いつしか“今日”という物語をつくっていく。
週報を仕上げ、PPT資料を整え、送信を終えたときには、
今日一日の航路が、自然に描かれていた。
信仰は、頑張ることじゃない。
神様に心を向けて、今できる一歩を踏み出してみること。
やる気は、後からついてくる。
信仰も、生活も──きっと同じなんだと思う。
blogのポイント
もし今、あなたが動き出せない朝に立っているなら、
焦らず、祈ってみてください。
ただ感謝して、静かに心を傾けるだけでいい。
そして、小さなことをひとつだけ、やってみてください。
それが、あなたにとっての“リスタート構文”になるかもしれません。
良い一日を!
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