心不全と向き合う——静かな身体のSOS
はじめに
2025年6月、私は「心不全」と診断されました。
その言葉の重みは、最初はピンとこなかったというのが正直なところです。でも、思い返せばずっと無理を重ねていた日々がありました。
日課をこなし、仕事をこなし、責任感と信仰と共に走っていた。
それが“当然”だったし、“頑張ること”が生き方そのものだった気がします。
背景の記録
忙しさの中で見落とした身体の声
前職では、日々の忙しさに追われ、土曜日の通院予定を後回しにすることが続いていました。
血圧はそれほど高くはなかったものの、実はその時点ですでに心臓にダメージが蓄積していたのだと思います。
2025年2月、仕事中に少しの距離を荷物運んだだけで息が上がり、「体力が落ちたかな?」と軽く考えていました。
ところが3月には、理由のわからない咳き込みが続きました。風邪?コロナ?と疑ってみたものの、熱はなく、体はだるくもない。
4月〜5月にかけて、少しずつ筋トレや日課を増やし体力を戻そうとしていましたが、息苦しさや喘鳴(ゼーゼーという呼吸音)が続きました。
そして6月20日。軽い運動後に咳が止まらなくなり、ついには呼吸困難を感じるように。
出勤前、これはただ事ではないと感じて病院へ。
診断は「心不全」でした。
職場で感じていたこと
現場での判断や運用において、異なる視点や価値観の調整に苦慮する場面がありました。明確な圧力があったわけではないけれど、言葉にできない負荷のようなものが、日々の中で静かに積もっていたのかもしれません。
体のサイン
6月20日、息切れと疲れやすさが続いたことから病院を受診し、「心不全」と診断されました。医師の説明では、初期〜中等度の状態で、今すぐ命にかかわる段階ではないけれど、生活の見直しと治療が必要とのことでした。
ふと、自分の中で「やっぱり…」という感覚がありました。
血圧、腎臓、睡眠の質、食事、ストレス。いろんなものが複雑に絡み合っていたのだと思います。
仕事の内容や責任、人間関係、日々の小さな気づきの中で、少しずつ疲弊していった心と体が、ようやく「休ませて」と言ってきたのかもしれません。
明日へ向かって
自分用メモ:明日の診察で確認したいこと
- 腎臓の状態(eGFR、クレアチニンなど)
- 心不全のステージと今後の見通し(初期〜中等度か、改善または進行の可能性)
- 現在の薬の効果と副作用について
- 今後の日常生活への影響(運動・食事・仕事)
- 就業に支障が出た場合の相談先(診断書、福祉的支援など)
- ストレスの影響についての相談(現職での心理的負荷)
6月22日、再診を控えています。腎臓の状態や、心不全のステージ、今後の生活・仕事への影響を含めて確認したいことがいくつもあります。
焦る気持ちも、正直あります。
「何かしないと」「このままじゃいけない」という思いが、性格的にも出てきやすいのです。
でも、今はひとつ立ち止まって、
「身体の声」と「主の導き」に静かに耳を澄ます時なのかもしれません。
日課をこなすことも大切。
でも、何もしない静けさの中で主とつながることも、きっともっと大切なのだと思います。
おわりに
私は今、「生き急ぎ」から「深く生きる」へとシフトしている途中なのかもしれません。
心不全という診断は、ある意味で「もう一度自分と向き合いなさい」という機会なのだと受け取っています。
この体で、与えられた日々を大切に生きること。
心を守りながら、正直に、感謝と祈りを持って歩んでいくこと。
同じように立ち止まった誰かに、この記録が届けば嬉しいです。