初めて入ったICU。
これは記録に残そうと思ってようやく書き出せました。
ICU行こうと思っていく人もいないと思いますが、
誰かの参考になれば・・またICUにご家族やご友人が入っている方。
ICUは面会が特に厳格です。
理由は単純で患者さんの体調が変化しやすいので。
また私の入っていたICUでは、一日3回の面会が許されていましたが、予約が必要など
かなりの厳重さでした。1回3名までなど・・。
ただ入院している方は、体調もですが寂しい部分もあると思います。
難しいとは思いますが、励ましてあげると喜ぶと思います。
※実際誰も来ないより来てもらった方が自分も世間とのつながりを感じられたので。
というのも、持ち込みがICUはできないので、
私の場合はメガネのみでした。
靴すらない、情報はTVを許可してもらったら見れますが、体調が良好でないと座れない・・
などなど・・健康な人には未知の世界だと思います。
そんなICUを少しだけご紹介します。
6月20日:突然の数値異常
「息苦しいから、念のため」——そう思って訪ねたかかりつけの田中循環器内科。
軽い検査のつもりが、25日の結果時に、BNP2000超という衝撃の数値。
お医者さんより・・「うーん、本来なら即入院レベル。」
ただ、心エコーを早めに撮らせてほしいとのこと。
この時点ではあまり大ごとには考えていなかった自分。
6月30日:血栓発覚
運命の・・6月30日を迎えます。
午前中は仕事、昼食をとり、15:30からの心エコー検査に臨みました。
「左心室に血栓がある」と告げられます。
医師から「すぐ専門病院へ」と紹介状を渡され、事態は一気に動き始めました。
紹介先の病院では、即日入院を勧められましたが、入院の準備、家族への説明、
自身のフリマサイトの販売停止処理、書類の準備(入院がどのくらいか不明だったので)などあったので、
頼み込んで翌日から入院することに。
この時点で血栓が飛んだら最悪即死レベルだったので、病院側としては急いでいたリスクも承知の行動でした。
7月1日〜2日:カテーテル検査と転院
翌1日。和泉総合医療センターに入院。
早速ヘパリンともう一本のダブル点滴。
自身は約10年前のOPLL以来の入院。
人生で2回も入院なんてと思っていました。
翌2日。
IC後、最悪詰まっていたら、転院で外科手術。
ステントとするかもしれないけど・・カテーテルしないとわからないとのことでした。
また、もし転院の場合は自体が早く済むので、わからないときは都度聞くことと言われました。
8:45~9:00
カテーテルのため移動。
始まる。
すぐに詰まっていることが判明。
その場で説明。
【結果】
カテーテル検査で、冠動脈が3本ほぼ詰まり、さらに左心室内に血栓。
10:00には、転院が確定。
緊急転院が決まる。
救急車準備までに荷物の準備。
そして、妻が到着。
荷物と私を車いすに乗せて移動。
ストレッチャーに移るとき、当日担当の男性看護師さんの
「退院してくださいね。」とそっと肩に手を置き送り出してくれたことは、
心に残っている。
11:30に到着予定(救急車で移動)だったが、少し早く到着した。
おそらく11:15~20分ごろ。
ストレッチャーに乗り、カテーテル後2時間弱で移動・・。
外科手術の準備のため、岸和田徳洲会病院ICUへ転院。
11:30過ぎに、救急で到着。
管やなんやかんやつけられていく。
手の甲からの点滴ルート採りはいつもながら・・痛い!!
11:45にICUにあげるのに15分。
手際のよさに驚きつつ・・ICUへ。
当日担当の主任看護師から「急展開でわからんことあったら聞いてね?」と声をかけられ、
まだ余裕があったので、「事前にchatGPTでいろいろ想定してきたので、
ある程度理解してます。」
すると、「chatGPT使ってみよう」と話してくれ、後ほど心不全用の「ハートノート」を渡してもらいました。
このやり取りで少し心が軽くなりました。
そこからICU生活が始まりますが、靴も何もかも、
ICUには持ち込めず、貴重品はメガネのみ(指輪も改修されました)
そして7月2日から手術は一週間後の7月8日と決まるまでの6日間の待機が始まりました。
動けない、トイレはないので尿瓶かバルーン(2日目に入れてもらいましたが痛かったです。)
そうです。
あとはおむつに・・だけど、なかなかです何日目かに、下剤を飲み
無理からだして・・また出ず、今度は座薬を3つ。
座薬は手術後の話です。
また、この間2回ほど洗髪してもらいました。
本当にありがたかったです。
また待機中、3度ほど意識が遠のき、
そのうち1度は看護師の「西村さん?」という声で意識が戻りました。
7月7日:手術前日
全身の剃毛。
背中の手術(OPLL)では経験しなかっただけに、いよいよ本番という緊張感が高まります。
そのせいで妙に緊張して、あまり眠れませんでしたが、
「どうせ全身麻酔でぐっすりやろう」と割り切っていました。
7月8日(火):手術当日
冠動脈バイパス手術(3本)+血栓除去、6時間。
搬入直前、オペ室の看護師さんが右を向いてくださいと。
右を向くとベットの柵がおろされ、そこには
義父母・妻・牧師先生が見送りにいました。
少し距離はあ地ましたが自然と手を振りました。
「行ってきます!」
麻酔から覚めるとICU。
耳は聞こえるのに手足は動かず、口には管。
事前に、説明で管がたくさんあるので、パニックになる人もいると聞いており、
勝手に抜く人もいるとのこと。
自分は点滴のルートが取りにくく、痛いのはごめんなので、
事前に「両手は固定」を希望しておりました。
その約束はしっかり履行されており、
そしてこれも事前に確認しておいたことなのですが、
「ナースコールを見失った時や押せないときはどうしたらよいか?」という問いをしていて、
その際は、ベッドを叩いてほしいとのことだったので起きたとき、ナースコールが見当たらず、即実行。
ベッドを叩いて気づいてもらった時の安堵感は忘れられません。
リハビリ開始(7月9日〜)
酸素マスク(自称“ボトムズ型”)で数メートルから開始。
10日には30m、12日にはマスクを外し90m達成。
※10日以降はポータブルトイレを使用。
この辺りで座薬を・・
食事をお粥から普通のご飯に変更し、体力が急回復。
14日には150m、抜糸も完了。※イメトレでは200m以上歩いていたんだけどなぁ?
息が上がって無理でした。。
まぁ、術後6日では仕方ないことかもしれません。
15日に200m達成し、「一般病棟に行ける」と確信しました。
7月16日:一般病棟へ
朝、移動が決まり、
あわただしく10:30ごろ・・移動。
部屋到着が11:00頃。
相変わらずの装備無し状態。
そこに、PTさんが来られて翌日からの集団リハビリ室の紹介とのことで
自力で歩いてPTさんとともにリハビリ室へ。
ついにICUを出て、「帰ってきた」という実感を抱きました。
振り返って
この14日間は毎日が小さな闘いと発見の連続。
“450g事件”などの詳細は別記事でお届けします。後編では、一般病棟での生活、退院までの道のり、退院後の変化について記録します。
今回の入院・手術は、3つの病院の連携と迅速な対応のおかげで命をつなぐことができました。
このときの詳細は他のブログにもまとめています。
▼ 詳しくはこちらからご覧いただけます
・note版 入院と感謝の記録
・アメブロ版:退院後の日常や入院中の事について
TikTok
🐾 トイプードル「ハル」の日常をお届け中!
お散歩・ごはん・お昼寝…癒しとクスッと笑える瞬間が満載。
▶ 最近更新できていませんねん
YouTube「ハルのchannel」
🎥 ハルくんのリアルな日常をゆったり配信。
遊びやおでかけ、ちょっとした成長記録まで。
▶ ロング動画+ショート動画で更新中(こちらもあまり更新できていませんねん)