1. SNSに潜む「投票詐欺」への注意
最近、FacebookやInstagramで「投票お願いします!」というDMが届くケースが急増している。
実はこれ、アカウント乗っ取り詐欺だ。
リンクを踏むとログイン情報を抜かれ、あなたのアカウントが第三者の手に渡ってしまう。
私は以前、実際、危うく引っかかりかけた。
見た目は友人のアカウントからのお願い。(この時はInstagramだった)だが、その裏には罠がある。
SNSは便利だが、「善意を利用する」手口が年々巧妙化している。
—「投票お願い」は、基本すべて無視。
—「URLクリック」は、絶対に避ける。
—公式サイトや本人に直接確認する。
信頼できる人に見えても、「念のための疑い」が自分を守る盾になる。
2. 信仰は、もう与えられている(ルカ17章より)
オンライン礼拝で心に残ったのは、「信仰を増してください」と願う弟子たちへのイエスの答えだった。
「からし種ほどの信仰があれば、この桑の木に『海に根を張れ』と命じても従うだろう。」
——信仰は“増やす”ものではない。
すでに与えられている信仰を働かせることが大切なのだ。
赦すことも、奉仕も、動くことも。
行動に結びつくとき、信仰は初めて“生きる”。
私自身、最近は「遮断」という形を実施した。
距離を置くことは逃げではなく、自分の心を守るための信仰的な選択だった。
赦しとは、相手を神に委ね、自分の心を自由にすること。
——信仰は「神の示す今の行動」に従うことなのだろうと今は思う。
3. 今日という一日
病院から書類が完成したら連絡しますとの約束通り、連絡がありました。
病院への準備を進めつつ、出荷の準備をし、ヤマトへ寄ってから、
病院で傷病手当の書類を受け取り、ポストに投函。
昼食を買って帰宅した後、少し胸の痛みが出たので休憩を取った。
出品までは手が回らなかったが、「やるべきことはやれた」と思える日だった。
明日は妻の病院に付き添う予定。
焦らず、でも止まらず、歩みを続けたい。
夜、お風呂に浸かり、リフレッシュした。
「今日も、信仰を少しだけ働かせた一日だった」と自分をほめて締めくくりたい。
✝️結び
信仰は“与えられていない”のではない。
もう“与えられている”。
足りないのは、動かす勇気と、神を信じて一歩踏み出す覚悟だけ。
赦しから始めよう。
動いてみよう。
休むこともまた、
信仰の行動だ。
あなたの中の種は、
今日も息づいている。
日々、いろんなことがあるけれども明日もよろしく!