“思い煩いは、何もかも神に委ねよ”――ペトロの手紙一 5:7。
後縦靭帯骨化症で半身不随になった日も、心不全と心筋梗塞でICUに閉じ込められた夜も、この言葉に励まされた。
医師や心理士は「よくここまで一人で頑張りましたね」と言ってくれた。
たしかにそうだ。
でもその瞬間、心の奥でふと違和感が走った。
――“委ねる”って、ほんとうに “自分でなんとかすること” なんか?
🌟 本当の“委ねる”とは
神が開く**“突拍子もない道”**に身を任せること。
魚の口から銀貨が出るような奇跡も、計算や努力ではなく、神の御業によって起こる。
病も、障がいも、失敗も、弱さも――
イエスは、「これは罪のせいではない。神のわざが現れるためだ」と言われた(ヨハネ9:3)。
そしてこうも約束された。
「あなたが耐えられない試練は与えない。必ず脱出の道を備える。」(1コリ10:13)
🌟 人の限界で神は動く
人間の力はいつか尽きる。
半身不随のリハビリ、心臓の不安、人間関係のすれ違い、経済的な不安――
気合いでどうにかできるものではない。
でも、尽きたその場所で不思議なことが起こる。
そこでやっと“神のスペース”ができる。
自分で埋めていた心の隙間が空っぽになり、神の息が流れ込む。
ギデオンの300人も、盲人のいやしも、ペトロも、同じ原理で救われた。
🌟 弱さの中に光を見る
神は「強くなれ」とは言わない。
むしろ、弱さを隠さず差し出したとき、神の力が宿る。
今日、何かを成し遂げなくてもいい。
焦って答えを出さなくてもいい。
ただ――ひと呼吸だけ深く吸い、心の奥でそっとつぶやけば十分。
「主よ、あなたに委ねます。今日も、どうか導いてください。」
また、19歳の時にU牧師から教わった祈りも再確認してほしい。
「神様の御心を私の人生に表してください」
この祈りで充分。
あなたの歩く明日が、その光にほんの少しでも照らされますように。
そして、あなたの弱さのただ中にこそ、神の栄光がそっと立ち上がりますように。
私は、一つ夢を持ちました。
では、また。
長文のお付き合いありがとう。