明日12月9日は、私の誕生日です。
この日が近づくと、胸の奥によみがえる記憶があります。
それは、毎年0時ぴったりに届いていた母からのLINE。
「お誕生日おめでとう。」
たった一言。
時にはスタンプも添えてくれた年もありました。
当時の私は、うっとうしいと思った年もありました。
平日の深夜に・・なんやねんと。
「もうええやろ…」と苦笑しながら受け取ったこともあります。
でも今は、その短いメッセージがどれほど母なりの“愛”だったのか、ようやく分かります。
2023年3月14日。
よく晴れた日に、母は静かに天へ帰りました。
雲一つない、晴天でした。

あれから2年と9カ月。
明日の0時になってもLINEは鳴りません。
その“静けさ”が、母の不在を優しく、
しかし確かに教えてくれます。
正直、もっと親孝行したかったなぁ——そう思うたび、
決していい息子ではなかったなという想いと共に思い出されます。
それでも母は、毎年欠かさず、変わらない形で愛を送り続けてくれていました。
晩年の母は入退院を繰り返し、腹膜透析に切り替わり、
認知症も進み、やがて寝たきりになりました。
それでも母は最後までまっすぐに、与えられた人生を走り切りました。
控えめで、誰かのために動く“縁の下の力持ち”。
それが私の母でした。
母が最期に苦しんだ腎臓。
透析を自力で行っていた頃。
認知が進み、うまくいかずそれでも懸命に生きていた日。
本当の最後にあったのは、HSUで苦しむ母の姿を前に、
私はただ祈ることしかできませんでした。
あの時の表情も、HCUに移る前に最後に交わした短い言葉も、
今も昨日のことのように胸に残っています。
母は受洗していたため、葬儀はキリスト教式で行いました。
選曲も聖句も、母が大切にしていたものを私が選びました。
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、
わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
マタイ11章28節
「よう生き切ったな……」
そう静かに祈りながら、母を見送りました。
母が抱えていた腎臓の病も、母方に多い心臓の病も、
今の私には他人事ではありません。
だからこそ、いただいた命を無駄にしないために。
悔いのない歩みを選んでいきたい。
母から受けた恩を、どこかで必ず返していくために。
誕生日が近づくと、どうしても母を思い出します。
寂しさもありますが、それは“親の愛を静かにたどる時間”なのかもしれません。
そっと、今年も年を重ねる前に思いをはせるのでした。