— 第二コリント12章10節と今日の歩み —
今朝は少し早起きをしました。
出荷作業と、病院への書類依頼がある日。
ハルのお世話、デュオリンゴ、バイタルチェック、そして軽い朝食。
いつもの流れをこなしつつ、
身体に軽いだるさを覚えたので、今日は車でポストへ向かいました。
「無理せず、守られながら生きる」——そんな感覚で一日が始まりました。
「弱さ」を認めた者だけが知る強さ
今朝のディボーションは、
第二コリント12章
なかでも10節
「わたしは弱いときにこそ強い。」
人はつい、自分の力や成果で前に進もうとします。
でもパウロは、侮辱や迫害、困難、緊急の中に“満足”したと言います。

それは、
弱さを通してこそ、キリストの力がもっと鮮やかに働くと知っていたから。
侮辱も、困難も、行き詰まりも、
私も何度も経験してきました。
でも、その“弱さ”があるからこそ、
神の栄光が入り込む余白が生まれる。
今日はその真理を、静かに心に受け取りました。
神の愛の実践とは「愛を示す」こと
「神の国と義を第一とする」とは、
神の愛を生きること。
赦し、手放し、ゆだねる歩みです。
そして今日、深く腑に落ちたのは——
「ゆだねる」は“強い自分”がやることではなく、
“弱さを認めた自分”にだけできる行為だということ。
強がっている間、人は神様に委ねられません。
「自分でなんとかしよう」と、固く握りしめるからです。
でも弱さを認めた瞬間、
手は自然と開きます。
その開いた手に、神様は力と平安を注いでくださる。
だからパウロは、困難の中でさえ光を見ていたのだと気づきました。
川の流れに身を任せるように
委ねることは簡単ではありません。
けれど今日は、
流れに乗る落ち葉のように、逆らわず、主に委ねて歩く——
そんな一日でありたいと思いました。
弱さを受け入れた者だけが知る、静かな強さ。
その強さを胸に、今日も神の愛を示しながら歩んでいきます。
