── 生き延びた一年の記録(1月〜7月)──
2025年を、月ごとの出来事としてではなく、
一本の線として振り返ってみる。
毎年それなりに波はあったけれど、
振り返ると2025年はビッグウェーブだった。
人間関係、仕事、健康、信仰。
どれもが重なり合い、
まるで集大成のような一年だった。
では、順に振り返っていこう。
1月
前年末から年始の正月休みでとあるショップのECサイトを構築した。
この積み重ねが、ちゃんと「入金」という形で返ってきた。
この頃は前職で軽いうつ状態との診断。
残業は月100時間を超え、転職を決意したタイミングだった。
正月休みに構築した分について、
前職の給料が少しいじられてしまったこともあり、
この収入は本当に助かった。
年明け早々、
「お前のやってきたことは無駄じゃない」
そう言われたようなスタートだった。
上々のスタートと思うよね!?
2月
転職し、開設したECショップで初受注。
小さいけれど、決定的な一歩。
「まだ自分は現役だ」と確認できた月だった。
18年やっているけど、いつも最初の1件はどこでも緊張する。
もちろん、自身のショップ、
楽天の最初のお客様のことは今でも覚えているw

一方で、小さな違和感もあった。
少し動いただけで・・息切れがする。
「運動不足かな?」と思い、
愛犬との散歩、スクワット、腕立てを取り入れ始めた。
この時期はそこまで深刻にとらえていなかった。
3月
東京へ、あっちゃんのBDライブに参戦。


東京に行く際は、
大抵「市川キリスト教会」の礼拝に参加しているので、
今回もお邪魔した。

いつも暖かく、さらにファンキーな(よい意味で)教会に
心が温かくなった。
実はこの時も、体力不足を感じていた。
市川の駅から雨ということもありバス移動。
徒歩で10分程度の距離だったけど、少し違和感があった。
それと同時に、前日のライブ終わりは遅かったが、
「東京は遅くまで電車があるな」と実感した。
4月
ラジエター故障。

愛車・タントのラジエターが壊れた。
走行中、変なランプが点灯。
「すぐ消えるかな?」…消えない。
現実は容赦ない。
でも、ここで壊れたのは車であって、人生じゃない。
台車は軽トラックだった。

まぁ、ベネトン時代のジャン・アレジを想像しながらの通勤も
悪くなかったよw
5月
修理費を稼ぐため、副業に力を入れる計画を立てた。
出荷件数:19件
売上:22,820円
感情ではなく、理性で未来を守った月。
この頃は、体調に特別な異変は感じていなかった。
6月
6/20、軽い運動後に呼吸困難。
これはさすがにまずいと思い、
かかりつけ医で検査。
6/25、BNP値が2000超。
即入院レベルだと判明。

会社に事情を説明し、
時短なども含め相談するが、理解は得られなかった。
振り返ると、この時点で
「なんでやねん!」と思い、不信感がマックスになった。
感想を付け加えておくと、人の生き死にの問題なのに、
そのような決断をする人は最低だと思いました。
6/30、再度エコー検査。
これ以上の検査は不可と判断され、
地域の総合医療センターへ。
心電図、エコー検査の後、
医師から「今日から入院してほしい」と言われる。
明日からにしてほしいと相談。
医師団は一度渋ったが了承。
ただし「7/1には必ず来るように」と言われ帰宅。
父に連絡すると
「仕事で行けない」との返答。
手術時、退院時も同様だった。
妹も含め、うちの親族は来なかった。
一方で、妻の義父母、教会員のNさん、牧師先生、
妻は来てくれた。
GPTを使い、複数のシミュレーションを実施。
プリントアウトし、関係各所へ連絡。
自身のサイトはストップ作業をできるだけ、
速やかに、丁寧に行った。
23時頃までかかり、入院準備。
後縦靭帯骨化症に続く2回目の入院だったため、
準備は比較的スムーズだった。
こういう時に限って売れていて、
病院1階のポストに投函できたのは救いだった。
仕事も副業も止まり、
病状もはっきりしない中での入院。
正直、つらかった。
でも同時に、
自分の命を最優先にする覚悟を迫られた月だった。
7月
7/1 入院。点滴2本。
血液をサラサラにする「ヘパリン」などで、
結構管まみれになった。
7/2 人生初のカテーテル検査。
局所麻酔で会話は聞こえていたが、
医療用語ばかりでほとんど分からなかった。
ただ、
「詰まりがあれば一気に進む」
「分からなければ聞いてください」
と言われたことは覚えている。
結果、冠動脈4本が詰まっていた。
しかも心筋梗塞の痕もあり、医師から言われた。
「なぜ生きているのか、分からない」
その後、緊急で別の病院へ転院。
妻もすぐ来てくれた。
ICU入室時、荷物はすべて持ち帰ってもらった。
装備品は、メガネのみ(笑)
RPGで身ぐるみを剥がされた感覚だった。
手術まで1週間ICU。
術後ICU1週間。
計2週間のICU生活。
まさに、生きるための空間だった。
一般病棟へ移り、
約1週間で退院。
👉 後編へ続く