最近、自分の信仰生活を振り返る中で、
「ご利益信仰」と「委ねる信仰」という2つの姿勢の違いが見えてきました。
今日はそのことを書いてみたいと思います。
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ご利益信仰とは何か
「祈っていれば何とかなる」という姿勢。
でも実際は、人が動かず、状況も変わらず、停滞してしまいます。
よくあるのが、ゴールを設定せずに「どうにかしてください」という祈り方。
これは、日本人が昔から神社で手を合わせてきた「お願いごと」の延長のようにも思えます。
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委ねる信仰との違い
• 人としてできることは責任を持ってやる
• そのうえで結果を神様に委ねる
• 良い結果でも、そうでなくても「御心」と受け止める
これが私が考える「委ねる信仰」です。
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ご利益信仰 ― 見えてきた現状
• 祈祷課題が「守られますように」ばかりで具体性がない。
→ イエス様は「あなたはどうなりたいのか?」と問いかけられました。
具体的な祈りが必要なのだと思いました。
• 進展や報告がなく、同じ課題の繰り返し。
→ 主は小さくても確かに動かれています。その“かすかな声”を聴き取る真剣さが必要です。
• 多くが「自分のため」で止まってしまう。
本来は「主の栄光を表すため」に祈るもののはずです。
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変えるべきポイント
👉 例えば「祈祷課題」の出し方を変える。
“お願いリスト”ではなく、“行動+委ねる姿勢”に切り替える。
例)
「〇〇がうまくいきますように」
↓
「〇〇のために精一杯取り組み、結果を委ねられるように」
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私自身の歩み
私はそもそも「神頼み」が好きではありませんでした。
それでも若い頃には、腹痛のとき「この腹痛が癒されますように」と祈る程度のことはありました。
20代の頃、ある宣教師の先生から「祈りの順序」「喜び」について教えられました。
それが JOY(Jesus, Others, Yourself)の原則 です。
- Jesus ― イエス様のこと
- Others ― 他の人のこと
- Yourself ― 自分のこと
この順番を守るだけで、祈りが“ご利益的なお願い”で終わることはありませんし、
その行動が喜びに変わるのです。
以来、これは私の祈りの基本姿勢となり、
自然と「自分の弱さ」「無理をしないための支え」「行政や就業の知恵」など、
実際の歩みと神の助けを結びつける祈祷課題を出すようになっていきました。
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結び
ご利益信仰から委ねる信仰へ。
そこにこそ、本当の成長があり、教会も、
そして私自身の歩みも建て上げられていくと信じています。
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