最近、自分の身の回りで、少し考えさせられる出来事がありました。
- 以前関わった職場で、退職後に確認の連絡があったこと
- 別の職場で、退職後の情報に関して少し扱いが気になったこと
- しばらく集まっていない教会で、オンライン配信について希望を伝えたこと
どれも、自分の意思や希望を伝えたのですが、すぐには変化がなかった出来事です。
正直、少しモヤっとしましたが、共通点を考えてみると気づくことがありました。
3回も同様なことがあると気付きますね。
共通していること
- 本人の意思よりも、組織や他人の都合が優先されやすい
- 申し入れや意見がすぐに反映されない
- 人間中心の判断や恐れが背景にあること
一見、別々の出来事のように思えますが、すべて「人間の都合で動く仕組みに巻き込まれる」という共通点があります。
箴言29:25からの学び
「人を恐れるとわなにかかる。主に信頼する者は高い所に守られる。」
この言葉が、心にすっと入ってきました。
- 人に合わせようとすると、理不尽に振り回されやすい
- でも、神に信頼するなら、心の平安と守りを得られる
- 主体を自分ではなく神に置くことで、不条理に負けない
今回の出来事は、ある意味で「神に信頼する練習」だったのかもしれません。
人が決めたことに心を乱されるのではなく、自分の価値や方向性を神に委ねる。
そうすることで、不思議と心が落ち着き、守られている実感が湧きます。
まとめ
人に左右されることは、誰にでもあります。
ただ、その時にどう立つかで、心のあり方は大きく変わります。
- 人の決定に振り回されるのか
- 神に信頼して、心の平安を選ぶのか
私は今日も、人に左右されすぎず、神に信頼する生き方を意識していきます。
自分はHSP気質があるのでどうしても引っ張られます。
なので、必要以上には気にしないように努力していますが、
周りや世間はそんなこと知っちゃことではないのでいろんなことが実際に起きます。
ただそんな時にも主の御言葉を頼りに生きていきたいものですね。
💡 ポイント
- 不条理は避けられない
- でも心の拠り所は、人ではなく神に置く
- 主に信頼する者は守られる、という安心感
一見、別々の出来事のようですが、すべて「人間中心の判断による不自由さ」が絡んでいます。
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