守りに入っていた自分に気づいた日
今日、ふと気づいた。いつのまにか「攻める気持ち」を失っていた。
入院、手術、手帳。その“事実”を理由に、自分の可能性まで小さくしていた。
真の目的に気づいた
自分は守りのタイプではない。
静かにゆっくり仕事をマイペースで探す。
確かに魅力的だ。
でも、そこを“目的”にした瞬間、人生は守りに入る。
気づけば「どうやって手当をGETするか」というゲームになっていた。
違う。そこじゃない。
54歳はまだ若い
支出は算出できた。
生活の計算はできている。
問題はそこじゃない。
これまで出会ってきた社長たち――I社長、T社長、M社長、M社長、C社長。
彼らならきっとこう言う。
「Nさんは、まだまだ若い」
「自分で限界を決めていませんか?」
「0から立ち上げてきた人でしょ?何を卑屈になっているんですかw」
「人生の責任は自身の選択次第」
そうだ。
自分でも少し考えたらわかることだった。
色々一気に押し寄せて、自分を見失っていた。
障害は受け入れる。でも、縮こまらない
4級の手帳は現実だ。
でも、それは“制限”ではなく“条件”にすぎない。
問題は、自分の心が縮んでいたこと。
「守りに入る理由」を探していたこと。
でも、今日気づいた。
自分らしい生き方は“攻める姿勢”だ。
イザヤ書40:31を思い出した
「しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、
のぼることができる。走っても疲れることなく、歩いても弱ることはない。」
守りに入っていた自分に、気づかされた。
そして、バックボーンである御言葉に励まされた。
ここからの行動は早いw
休憩後、スイッチが入った。
- 市役所(先日伺った給食サポートの方)に連絡→「月給△△万以上なら紹介OK。6月入社にこだわりません」と明確に伝える
- 派遣会社に複数エントリー(今まで躊躇していたが一気に解禁)
- 自分で選定した会社にも複数エントリー
- 大手からのエージェントを通じたオファーで完全に目が覚めた
- 物販(すまいる)も副業として継続可能
これよ、これ。これが本来の自分の生き方。
いつもそうしてきた。攻めてきた。
誰が守りに入った自分を魅力的と思い採用したいのか。
バイトから体慣らし?そうじゃない
もちろん障がいのことは伝え、
配慮はしてもらうことも必要だけど、
今までのスキルをあと10年くらいかな。
精一杯、社会に還元しようと思う。
月収◎◎万。今までそれ以上の仕事をしてきた。
経験も自負もある。価値もある。
ただ、住んでいる地域もあるので市役所と、
エージェントと、自身で申し込んだ企業の月給には差をわざと持たしている。
なぜ自分で自分を安売りする必要があるのか。
なぜ「行政の手当」という小さな枠に自分を押し込めるのか。
攻めて働く。しっかり稼ぐ。
その結果、行政の手当がついてきたら感謝。
ついてこなくても、それはそれでいい。
今日、ようやく思い出した
自分は“攻めて生きる人間”だ。縮こまっていたら、
人事担当にも見透かされる。
だからこそ、胸を張って言える。
これが俺の生き方や。ここから始まる。
それに気づけたひな祭りでしたw