約10年前、私はOPLL(後縦靭帯骨化症)で入院しました。
あのときは、妻も母も足しげくお見舞いに来てくれました。
父も単独で来てくれたし、妹も顔を出してくれた。
家族の温かさを、あのときは確かに感じていました。
しかし、母が亡くなったあとの現実はまったく違いました。
母が危篤になったとき、私は何の連絡も受けませんでした。
母が亡くなったのを知ったのは、死後の連絡でした。
職場の同僚も驚くほどの冷たい対応でした。
葬儀の段取りも、すべて私。
妹は「お金のありか」だけを把握していたのでそこだけはお願いし、父は喪主にはなってもらいましたが、結局家族層にすると話していたのに、いろんな方に連絡をして引っ掻き回されたということしか記憶にありません。
病院からは「午前中までに搬出」と制限されていましたが、到着は10:00過ぎ・・
社葬や葬儀の経験があったおかげで、何とか私一人で形にできました。
そして今年、心臓の大手術で再び入院しました。
生死に関わる手術、長期入院、退院までの過程で――
- 父は一度も来ない
- お見舞いも、連絡も、労いの言葉すらなし
- 妹も来なかった(妻とは少し話してくれたようですが)
こちらからは随時、状況を連絡していたにもかかわらず、です。
事情も分かります。
父は年金暮らしでシルバーで働いている。
しかし、妻もあきれていました・・。
入院前連絡、手術、退院 すべて仕事と・・。
その間、私を支えてくれたのは、義理の父母、妻、教会のNさん、牧師でした。
血縁よりも、心でつながる人たちが本当の家族なのだと痛感しました。
退院の時に神戸から駆けつけてくれたN君、一般病棟に移った時に和歌山から駆けつけてくれた、
Fさんありがとう。
正直に言えば、長男としてやるせなさと虚しさが残ります。
父も妹も、今はもう家族としての役割を果たしていません。
おそらく、母がいたからこその家族だったのでしょう。
しかし、私は聖書の御言葉を思い出します。
「あなたの父と母を敬え。」(出エジプト記20:12)
この御言葉に従うために、
たとえ父と妹に失望しても、私は彼らのために祈ります。
神様が心を動かし、いつか救いと和解を与えてくださるように。
今の私にできることは、期待しないこと、心を守ること。
そして、父と妹のために静かに祈りを続けることです。
私を本当に大事にしてくれる人たちとともに、
これからの人生を感謝と祈りの中で歩んでいこうと思います。