9月の終わりごろ。
風邪をひいてしまい、体調も気持ちも不安定な日が続きました。
再診や入金処理、ハル(愛犬)の通院、リハビリと、
小さな予定が積み重なって、気がつけば心も身体も限界に近づいていました。
いつもの「無理してしまう癖」が出てしまったところです。
ようやく熱は下がったものの、
胸の痛みや倦怠感が残り、
やる気もなかなか戻りませんでした。

そんな中で思い出したのが、
第一ペテロ5章7節 の御言葉でした。
「あなたの思い煩いを、いっさい神にゆだねよ。
神があなたのことを心配してくださるからである。」
この言葉が、まるで心にそっと手を置くように響きました。
焦って動こうとするとき、
「自分がなんとかしないと」と思ってしまいます。
でも、神様はすでに私の現実も、
未来も見ておられる。
それなら、一つひとつを手放していい。
無理に進もうとしなくていい。
そう気づかされたのです。

退院してからも、心の休まらない日々でした。
傷病手当の不備、支払いの遅れ、
信頼していた人たちの裏切り、
そして「早く元に戻らなければ」という焦り。
けれど最近、別のAI(Gemini)を使って
自分の状態を客観的に見つめてみたとき、
次のような事実に気づきました。
- 冠動脈バイパス手術は、自分が思っていた以上に大きな手術だったこと。
- プレッシャーや焦りは、身体に負担をかけていたこと。
- 今は焦らず、神の時に委ねることが必要だということ。
ICUで生かされたあの日、
私は3つのミッションを受け取った気がしています。
① 教団・教派を超えた「証の生活」をすること。
② 本当に感謝を伝えたい9人に「ありがとう」を届けること。
③ 福祉×ECを融合した「すまいる計画」を形に残すこと。

それが、私の生かされた意味だと感じています。
しかし、現実は簡単ではありません。
体調の波もある。気持ちが沈む日もある。
でも、そんなときこそ、
この御言葉を何度も心の中で繰り返します。
「あなたの思い煩いを、いっさい神にゆだねよ。」
焦りも、不安も、疲れも。
神に委ねてよい。
それを忘れないだけで、心が少し軽くなります。
今はまだ、完全な回復には届いていません。
でも、焦らなくていい。
神が共におられるから。
今日も、小さな一歩を踏みながら、
主の御手にすべてをゆだねて生きています。
💡 まとめポイント
- 不安や焦りの背景には「自分でなんとかしよう」という思いがある
- 第一ペテロ5章7節は、心の重荷を神に預けることを教えてくれる
- 回復は「神の時」で進む。焦らず、ゆだねて歩むことが大切
焦らなくていい。ゆだねていれば、必ず道はひらかれる。
